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映画『十年』公式サイト 映画『十年』公式サイト

(C)"Photographed by Andy Wong, provided by Ten Years Studio Limited"

2015年11月15日、日曜日、午後3時45分。

毎秋、香港で開催される中規模映画祭=香港亞洲電影節/ホンコン・アジアン・フィルム・フェスティバルで、1本の香港インディーズ映画が(対外的には)ひっそりとワールド・プレミア上映された。その作品『十年』は、翌16日に同映画祭で2回上映された後、香港アートムービーの発信基地=百老匯電影中心/ブロードウェイ・シネマテークで単館公開。初日の12月17日は『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』全世界同時公開日という、苦難の船出だった。

しかし、奇跡は起きる。

口コミで動員を伸ばした『十年』は、連日満席マークを記録。「並んでも観られない」香港映画の登場はさらなる話題を呼び、ついには同館の週間興行成績で『スター・ウォーズ〜』を撃破。その後、上映館数を6館に増やし、旧正月を挟んだ2016年2月12日までの8週間、香港映画としては異例の長期興行が実現したのである。最終興行収入じつに600万香港ドル(約9,200万円)。製作費50万香港ドル(約750万円)の小品が、ミシェール・ヨー&ドニー・イェン主演の『ソード・オブ・デスティニー』の成績を上回り、ジャッキー・チュン&カリーナ・ラム主演の『暗色天堂』の成績を上回り、あと一歩で2016年の年間ベスト10に入らんとする大成功であった。

香港政治の舞台裏をアイロニーたっぷりに描いた第1話『エキストラ』。失われゆく記憶の記録に思いをはせる第2話『冬のセミ』。母語である広東語だけでは生きづらくなった香港を活写した第3話『方言』。雨傘運動(※1)後の喪失と再生をドキュメンタリータッチで表現した第4話『焼身自殺者』。地元への愛と本当の真実を求める思いが交錯する第5話『地元産の卵』。

5人の若手監督による、5つのショート・ストーリーで構成された『十年』は、映画が制作された2015年から、10年後の香港の未来を描いた物語。第3話を担当した、ジョニー・トー組の脚本家として知られるジェヴォンズ・アウを除けば、監督はほぼ無名。第5話にベテランのバイプレイヤー=リウ・カイチーが出演しているものの、基本的にはノースター映画であるこの作品が、何故ここまでの成功をおさめることができたのか?

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(C)"Photographed by Andy Wong, provided by Ten Years Studio Limited"

その背景に“香港独立”の匂いを感じ取った中国政府は(彼らの嗅覚が正しかったかどうかはさておき)ただちに同作の封殺を慣行。映画館や映画祭での上映禁止はもちろんのこと、ネット上にアップロードされた違法動画にも、中国内からのアクセスは徹底的にシャットアウト。ほとんどの国民が作品を観ていない中、風評がひとり歩きし、ネガティヴ・キャンペーンが繰り広げられていったのである。

この中国政府の直接行動の引き金となったのは、作品で描かれる未来図が茫漠とした不安感に包まれていることに加え、香港市民の中国に対する抗議行動との絶妙なリンクがあったためといわれている。それは例えば、第4話での、記録映像を使用した雨傘運動への言及であり、世界的に問題視された「市民を鎮圧するために警察が催涙弾を発射」したことを想起させる演出であったり、劇中に登場する「香港初の基本法23条(※2)違反で投獄され、64日間のハンストの末に餓死した」民主派学生のリーダー=オウヨン(歐陽健峰)と雨傘運動のリーダー=黄之鋒の造形や名称が類似していることであったりするのだが、また同時に、第5話で紅衛兵をイメージさせる少年団(言語では“少年軍”)が襲撃する「禁書を取り扱っている」書店の話が、『十年』撮影時に発生していた銅鑼湾書店事件(※3)を告発/予言しているのではないか?といった都市伝説的な見解も登場し、作品の評価を逸脱した騒動がエスカレートしていくのだが、香港での『十年』の勢いがとどまることはなかった。

映画館での公開が終了するや否や、香港各地の大学での上映と討論会開催が活発化。2016年4月1日の夜には『十年・四月一日・同歩』と題されたイベントが行われ、学校や公民館、陸橋のたもとに設置された巨大スクリーンなど、30ヶ所以上の場所で『十年』が同時上映され、6,000人を超える市民がこれを鑑賞したという。政治信条の違いを乗り越え、香港愛でつながった人々は、変わりつつある現実に、変わらないと願う未来を重ねて、『十年』に涙した。

そして2016年4月3日。香港のアカデミー賞と称される、香港電影金像奨の授賞式。最優秀作品賞のプレゼンターとして檀上に上がった、金像奨主席のイー・トンシンが読み上げた、その受賞作品名は『十年』であった。

1997年7月1日の返還後、中国マーケットによって命脈を保ってきた香港映画界が、中国が忌避した映画に最高の栄誉を授けたこの夜、香港映画の新しいページが開かれたのである。その後も、ビッグバジェットの新作は中国との合作で製作され続けているものの、香港映画人たちは自らの個性とこだわりを忘れず、また、香港独自の、香港人による香港人のための「広東語の」映画が続々と誕生し、世界中で高評価を得ている現状には、幾度目かの黄金時代の到来を感じずにはいられない。

2017年7月。香港の中国返還からちょうど20年。新しい香港行政長官が誕生した、この歴史的にも注目の年に、いよいよ『十年』が日本公開されることとなった。現在進行形の香港映画の“いま”を、ぜひ映画館で体験していただきたい!

※1 雨傘運動 2014年9月に始まった、香港政府への抗議活動。鎮圧部隊が発射した催涙弾を、抗議者たちが雨傘を使って避けたため、こう呼ばれるようになった。

※2 基本法23条 中国語の正式名称は《香港特別行政區基本法第二十三條》。国家の分裂や反乱の扇動、中国政府の転覆や国家機密の窃取を禁じる法律を定めることを規定している。

※3 銅鑼湾書店事件 香港の繁華街コーズウェイ・ベイにある小型書店“銅鑼湾書店”の関係者5人が、1995年10月17日以降、次々と失踪。後に、中国当局による拘束だったことが判明した。その理由は、同書店が「中国政府の内幕を暴露するような」書籍を販売していたためとされるが、判然としない部分も多い。

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